【良い演奏について考える】暗譜は必要か? 番外編

   2020/11/05

とりあえず記憶することばかり書いてきましたが、最終回は”忘れること”も重要だという話をします。

人間は覚える能力とともに、忘れるという能力も神様から授かりました。

暗譜のことばかり考えていると、つい何を記憶したら良いか?ばかり考えてしまいますが、記憶に残してはいけないこともたくさんあります。

全ては表裏一体、長所も短所も使い方次第で有益になったり、有害になったりするものです。

1、なんとか弾けるようになった状態
多くの方が、”まず楽譜の最初の音から最後の音まで一通り弾けるようになる!という目標を立てがちです。この練習を否定するつもりはありませんが、往々にしていつの間にか理想像(〇〇さんのような演奏をしたいetc)とは全く異なる演奏になってしまうことが多いように感じます。

ゆっくりなテンポで練習していたら、いつの間にか譜面の冒頭に書いてあるテンポ指示と異なっていた
弾き間違いばかり気にしながら弾いていたら、ミスも聴こえないような小さな音で弾いていた etc.

曲が生き生きとしていない状態を覚えても、上手くなる道標にはなりません。そのために大切なのは2点。大きな目標を見失わないこと。そしていつも楽譜を読むこと、です。

2、ミス
上記1と似たような話になりますが、ミスは上手くなるためのヒントにするべきであって、記憶してはいけません。聴こえてくる音も、そしてミスを改善するために用いるテクニックも含めて、新しい情報に置き換える(パソコンでいう上書き保存)ことが必要になります。

何度弾いても、この箇所を間違えてしまうんです。

という状態に陥ってしまっている方、間違える場所を見つけたら、どうやれば上手く弾けるか?という情報で覆い隠してしまいましょう。

3、練習してきたこと
えっ?練習してきたことは覚えておかなければいけないんじゃないの?って驚く人も多いと思います。

確かに忘れて良いか?と言われるとそれも違いますけど・・・(笑)まあ、この続きを読んでください。

多くの演奏家さんに「(素人みたいな質問ですけど)演奏中何を考えていますか?」と訊いたら、多くの場合、あまり何も考えてない!という返事がきます。

練習時は出来るだけ多くのことを考え、試行錯誤し、失敗を成長の糧にすることが必要ですが、本番の時までいろんなことを考えていては演奏に専念できません。まして多くの人の注目の的になっているわけですから、そんな余裕はあるはずないでしょう。

時々レッスン時に例に出す話です。

〈硬いボールがあなたの顔に向かって飛んできました。パッと振り向き、ああ、ボールが飛んできたなあ、さあ、どうしよう〉

なんて考えていたら、あっという間に”痛い!”って瞬間が訪れると、想像出来ませんか?

練習時は何度も痛い思いをするかもしれませんが、少しずつどうすれば避けられるか頭で考え、身体で覚え、そして来るべき発表会の舞台では、ボールが視野に入った瞬間に身体を傾ける、もしくは手にはめたグローブを差し出せるようにならなくてはいけないのです。

人前で急に出来る人はいません。練習の時にどんな反応をするのか覚えて、舞台上では無意識(つまり考えなくても出来ているかのような状態)で反応出来るようになりましょう。

4、人前での失敗
意外に最後の4番目が重要かもしれません。1~3まで書いてきましたが、人間ですから万全を期して練習してきたとしても100%上手く出来る保証はありません。

ちょっとした出来事、心境の変化、気象条件、楽器のコンディションなどで上手く出来るはずのことも狂ってしまうことはあります。

もし真摯に楽譜と向き合い、限られた時間の中で最善を尽くしたという自負があれば、たとえ本番で失敗したとしても、それがトラウマになるような記憶の仕方をしないで、さっさと忘れることも重要です。

自分の演奏は練習のたびに聴くことが出来ます。でも他人の演奏は時々しか聴くことが出来ません。

失敗した、と思っていても久しぶりに演奏を聴いた人が、あなたの長所、上手くなった部分を見つけている、なんてこともたくさんあります。

ずいぶん昔に、演奏前とても緊張して落ち着かなかったので、ある人にメールをしました。そしたら、数分後にこんなメッセージが返ってきました。

自分の演奏にはベストからワーストまで幅がある。自分の実力はその間だ。本番では所詮練習した通りにしか弾けない。聴きに来ている人は、あなたの苦しんでいる姿なんてみたくないはずだ。練習を頑張ってきたという自負があるなら、ありのままの自分を見せよう。いつも通りにこやかに演奏しよう!

失敗するかもという心配を吹っ飛ばすような、良い練習をした!という記憶を積み重ねが舞台に向かう奏者の背中を押してくれるのかもしれませんね。

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